スペシャルインタビュー 石川さゆり×大野雄二
この石川さゆり×大野雄二のスペシャルインタビューは、今回のニューシングルのレコーディング終了直後に行われたものだ。レコーディングの舞台裏から、ルパンにまつわる秘話、そして互いに第一線を走り続けてきた現役選手として抱く音楽に対する情熱までが大いに語られた、読み応え十分のテキストとなっている。
「欲しかったのは"石川さゆり"という歌手の素晴らしい存在感」(大野)
「ルパンも音楽も、いかに鮮度よくお客様と向き合えるかが重要」(石川)
——「ルパン三世」に石川さゆり×大野雄二。ルパンファン、アニメファン、そして音楽ファンと、各方面から注目の高まるコラボレーションとなりました。お二人は今回が初対面だったそうですが、ご一緒にレコーディングされてみていかがでしたか?
大野: やはり"石川さゆり"という歌手の素晴らしい存在感に尽きますね。今回、僕がさゆりさんに求めたのはまさしく存在感でしたから。そこにいてくれて、歌ってくれたら、それでもうすべてが成立してしまうくらいの存在感ですね。
石川: そんなとんでもない。お役に立てたならよいのですが。ちゃんとご期待に添えたのかしら?(笑)まだドキドキしています。
大野: 久し振りの地上波レギュラー放送ということで、やはり2時間スペシャルとは違う意味での特別感を持たせたかった。いわゆる"ルパンファン"をちょっと驚かせてみたい、というところも狙いつつね(笑)。
石川: ルパンが何十年もファンの皆さんに愛され続けているように、私たちのお仕事も、いかに鮮度よくお客様と向き合えるのかが重要ですものね。石川のファンの皆さんには「今度はそうきたか!」と思っていただけて、さらにルパンファンの皆さんには、新鮮な出会いとして受け止めていただけたら、そして何より楽しんでいただけたら、ボーカリストとして幸せですね。
大野: 僕の言うさゆりさんの存在感と言うのは、いわゆる「津軽海峡・冬景色」といった代表曲からのイメージなのだけれど、最近のアルバム(=『X -Cross-』シリーズ)を聴かせてもらったら、ボーカリストとしてかなりいろいろなチャレンジをしていることがわかった。すごくチャーミングですよね。
石川: うれしい!(笑)。ありがとうございます。「ルパン三世」はキャラクターやストーリーもさることながら、やはり大野さんが手掛けてこられた音楽がすごく素敵ですよね。私はマンガやアニメにそれほど詳しいわけではありませんが、それでもルパンの音楽が単なるアニメ番組の音楽ではないことは知っていました。ラテンやジャズやサンバの要素がこれほどふんだんに入っているオシャレな音楽なんて、そうはありません。ルパンの音楽に子供の頃から接していた世代の視聴者は、とても贅沢だったと思いますよ。
大野: 当時はアニメの音楽というと、ほとんどが歌モノだったからね。1977年に放送局を読売テレビから日本テレビに移してルパンの第2シリーズが始まった。そこから僕が音楽を手掛けることになったんだけど、ストーリー自体はダーティな色合いの濃かった第1シリーズ(1971~71年)よりも、よりスケベでバカというか(笑)子供にウケる要素を強くしたいという話を当時のプロデューサーからされたんです。
——ルパンの着ているジャケットが緑色から赤色に変わる移行期ですね。
大野: そう。でも僕は、だったら音楽は子供向けに作るのではなく、ちょっとマセた子が背伸びをして聴くような音楽にしたいと言ったんです。そのプロデューサーとはテレビドラマの『水もれ甲介』(1974~75年。主演:石立鉄男)なんかを一緒にやっていた関係性もあって、結局僕の好きにやらせてくれました。それでオープニングもエンディングもインストゥルメンタル(=歌なし)になったの。 でもせっかくだからシングル盤を出したいという話になって後から歌を付けたんだけれど、付ける方も歌う方も大変だったの。 だってそもそもがインスト用だったから、音域が2オクターブ近くあったんだよ(笑)。
石川: そういえば今回のレコーディングで、スタジオに"1977"というプリントの入ったTシャツを着ているミュージシャンの方がいらしたんです。で、後で話したら、大野さんは「あ、ルパン(※第2シリーズ)が始まった年だな」と思っていらして、私は「あ、『津軽海峡・冬景色』が発売した年だわ」と思いながら、それぞれに彼のTシャツを眺めていたんですよ!(笑)。
「ルパンファンを気持ちよく裏切ってみたかった」(大野)
「宮沢(和史)さんとつんく♂さんの"ルパン観"を楽しみながら歌った」(石川)
——今回の4曲のコンセプトはどのように決まったのでしょうか?
大野: ルパンということもあり、石川さんの王道や最近の作品に寄せるのではなく、やや大野寄りにさせてもらいました。こういうのを歌ってもらったらどうなるのかな?という実験が書き下ろしの2曲。あとの2曲はルパンファンに知られた既出曲を、僕としては定点観測するような気分で歌っていただきました。要は全曲新曲にするのではなく、久々のレギュラー放送で喜んでくれるお客さんが楽しみ易いポイントを設けておこうと。
石川: 私としては自分の色を前面に押し出すというより、ルパンファンの皆さんがルパンに抱いているイメージを損なわず、その上で、曲のイメージに自分を寄せていくような気持ちで歌いました。
——では一曲ずつおうかがいしていきます。まずはつんく♂さん作詞の「ちゃんと言わなきゃ愛さない」。こちらはキュートとセクシーのバランスと、軽快さと豪快さのメリハリが絶妙なさゆりさんのボーカルが光っています。
石川: つんく♂さんの歌詞を歌うのは初めてでした。彼らしい歌詞ですよね。今回はそれぞれ曲が先にあって、そこに宮沢さんとつんく♂さんが歌詞を書いたのですが、大野さんの曲は、ある意味最初から歌詞が無くてもインストで成立してしまう曲でもあるでしょ? しかもルパンのテーマでしょ? だから二人ともすごく悩んで歌詞を書いたんじゃないかなあって、自分勝手に想像しながら歌いました(笑)。大野さんの目論見通り、私の得意なタイプのボーカルです(笑)。でも"ダメダメ"なんて歌詞は初めて歌いましたよ!(笑)
——フルバンドに弦楽器が入ったアレンジからは、スイングジャズやレビューの魅力も感じられます。
大野: 賑やかだけれど、楽器があまり前に出て来ないようにしてあります。ドラムもブラシで叩いてもらってね。これまでルパンのレギュラー放送では、エンディングはほとんどがバラードだったんですけど、今回のエンディング曲の「ちゃんと言わなきゃ愛さない」はあえて速いテンポにしたんだ。
——本当だ! そう言われてみればそうですね!
大野: ルパンファンを気持ちよく裏切ってみようと思った。これが視聴者の皆さんにどう受け止められるか、ひとつのチャレンジですね。だから1コーラスが69秒で収まるように書いてある。「ラブ・スコール」も「ルパン三世愛のテーマ」もオリジナルのアレンジはそうなっています。つまり2時間スペシャルの曲とレギュラー放送の曲では、時間の制約という違いがあって、今回で言うと、「ちゃんと言わなきゃ愛さない」と「ラブ・スコール」は尺の制約に合わせて曲を書いているんだ。
石川: すごい! まさに職人技ですね!?
大野: 僕は「制約大好き」なんですよ(笑)。キャリアの出だしがCM作曲だったので。
——そして「ニヒルに愛して」。作詞は元THE BOOMの宮沢和史さんです。
石川: 私と宮沢さんとはこれまで何度かご一緒してきたので、今回は宮沢さんの持っている"ルパン観"を楽しみにしていました。つんく♂さんもそうですが、二人とも間違いなく世代として一度はルパンを通ってきたはずの世代なので、お手並み拝見という感じでした(笑)。慣れないメロディの流れや微妙な半音とか、最初は苦戦した部分もありましたけど、新しい歌は楽ちんに歌えるよりも、ちょっと難しくて苦しめられちゃう方が楽しいですから。お客様にもその方が喜ばれる気もするし(笑)。
——出だしの抑制の効いたボーカルとアレンジがいいですね。そしてアレンジには随所にソウルミュージックのエッセンスが効いています。
石川: うれしいです。自分なりにいろいろと試してみたボーカルなので。
大野: たしかにソウルですね。だからスキャットも入れてみた。スキャットのアイデアは最初から持っていたのだけれど、スタジオでさゆりさんの歌を聴いて、やっぱり入れたいと思い、その場で初めてさゆりさんにお願いしました。「ちゃんと言わなきゃ愛さない」は、僕寄りとは言いつつも比較的さゆりさん側に寄せて書いたつもりの曲だった。だからもう一曲は、敢えてさゆりさんがこれまであまり歌ってこなかったようなタイプの曲を書こうと思ったんだ。
石川: そうだったんですね! だって大野さん、何も言って下さらないんですもの(笑)。スタジオでも、歌う度に私から「どうでしょうか?」って訊いちゃっていましたからね。
大野: それは"石川さゆり"だからだよ。だってこう言っちゃ何だけど、あれこれ僕が細かく言うのなら他の人だって成立しちゃうじゃない? 僕の欲しかった"存在感"とはそういうことです。できるだけさゆりさんの好き勝手にやってほしかったんです(笑)。
「『MEMORY OF SMILE』は僕にとって大切な曲」(大野)
「歌のなかに様々な女の人を登場させられる。それが歌い手の役目」(石川)
——そして「ラブ・スコール」。ルパン不滅のスタンダードに数えられる一曲です。レコーディングスタジオにおじゃました際、さゆりさんがこの歌詞に出てくる女性像について大野さんに質問されていた場面が興味深かったです。
石川: たとえば同じ歌詞、同じメロディでも、その気になればその時々で違う女の人を登場させられる。それが歌い手の役目だと私は思っています。だから自分のポジションを定めるために、この曲に出てくる女性にどんなDNAを宿らせて、どんなファッションを着せようかと考えるんです。まあ大野さんは私が訊いてもあまり答えてくれませんでしたけど(笑)。
大野: うん(笑)。「ラブ・スコール」と「MEMORY OF SMILE」は曲調こそ静かだけれど、ボーカリストは静かなりの存在感が問われる曲だと思います。だからこそ、さゆりさんにお願いしたんです。
石川: 大人っぽくもあり、どこか可愛らしさもある心地のよい歌ですよね。私はなぜかチック・コリアの世界観が頭をよぎりました。私以上に多くのルパンファンの方々が思い入れの深い曲なので、楽しく受け入れていただけたらうれしいですね。
——アレンジは1979年初出のオリジナルバージョンに近いですね。かつてエンディングで聴いていたあの「ラブ・スコール」と同じように、すんなりと入ってきます。
大野: たしかにアレンジの柱はオリジナルとわざと同じにしているんだ。30分もののルパンは30年振りだし、あえてね。ただ、パッと聴いたら分からないけれど、実はかなり多くの箇所を細かく変えてあるんだ。
——そしてラストの「MEMORY OF SMILE」。この曲は初代ルパンの山田康雄さんが歌われていた曲ですね。
大野: 山田さんが亡くなる少し前に書いた曲です。山田さんとは2枚のアルバムを一緒に作りました。この曲はルパン番外編というか、アルバム自体が独立したストーリーを持っていたドラマアルバム(※『ルパン三世・Tokyo Transit-featuring YASUO YAMADA』1993年)があって、言わばその中の挿入歌でした。だから実はテレビのルパン本編とはそれほど関係性がない曲です。でもすごく大切な一曲です。作詞は当時たまたま山田さんと知り合い(※山田の親友の姪)だった有川正沙子さんが書いてくれました。
——さゆりさんのボーカルからは、カントリーやシャンソンのような郷愁を帯びていて、山田さんのバージョンとはまた違った魅力を感じさせますね。
石川: ありがとうございます。やはり最初にオリジナルを聴いた時、大野さんと山田さんの男の友情のようなものを感じ取りました。だから正直に言うと、そこに女の私がどう入っていくのか、ちょっと悩みました。でも山田さんが持っていらした、あの独特な世界観をコピーするというアプローチは絶対に違うと思ったので、私なりに少し距離を置いたスタンスで歌ってみました。うまく言えないけれど、入り込み過ぎて歌うとどこか嘘っぽくなっちゃうと思ったので。女性の声が歌うことで、リスナーの皆さんの心にまた違った情景を映し出せたら何よりです。
——「ラブ・スコール」と「MEMORY OF SMILE」のボーカルからは、それこそ1991年にSAYURI名義でリリースされた「ウイスキーが、お好きでしょ」が思い出されました。あの曲のように、大人の心をグッと掴む魅力を、この2曲から多くのリスナーが感じてくれるのではないでしょうか。
石川: 本当ですか? だとしたらすごくうれしいですね。
大野: そのはずだよ。だってこの2曲はまさにそれを想定して選んだんだから。
石川: そうなんですか!? 私それもここでいま初めて聞かされたんですけど!(笑)。
「ルパン音楽の制作は、すべて自分でやってきた」(大野)
「大人の音楽の楽しさを新たに教わった」(石川)
——大野さん、秘密が多過ぎですよね(笑)。では秘密ついでにうかがいたいのですが、これほどまでにロングセラーでありながら、ルパンサウンドの世界観は決してブレることがありません。何かしらか、そこを維持し続けてこられた秘訣やルールのようなものは存在するのですか?
大野: 答えになるかどうかわからないけど、強いて言えば僕がすべて自分でやってきたことかな。僕ね、弟子とかいないんですよ。だからすべて自分でやってきたの。譜面書きからレコーディングからミックスダウンまで全部です。仮に僕がアレンジして、ピアノを弾いたとしても、ミックスダウンに僕が立ち会わないと多分違う音になる。そこには強いこだわりがある。そういうことなんじゃないかな。
石川: 大野さんの存在がルパンサウンドそのものなんですね。今回のミックスダウンも放送スタートもすごく楽しみです。
——では最後に、全4曲を歌いきったさゆりさんと、もちろんこのシングル以外にも新ルパンのサウンドトラック全曲を手掛けられる大野さんから、ファンの皆さんへ向けて一言お願いします。
石川: 今回は大野さんから、大人の音楽の楽しさを新たに教えていただきました。子供の頃、学校から帰ったらルパンを観ていたかつての子供たちも、いまはきっとご自分がルパンのようにジャケットを着て仕事をなさっている。そんな年齢になってあらためて聴くと、きっとルパンの音楽には「あの頃は分からなかったけれど、本当はこういう意味の歌だったのか!」といったような、多くの再発見があると思うんです。 いまではアニメ=子供のカルチャーではなくなりましたけど、こんなに芳醇な音楽をアニメから体験できるのは素敵なことです。大野さんの世界観と私がクロスすることでどんなルパン音楽が生まれたのか、たくさんの方に聴いていただきたいですね。
大野: いままさに本編の音楽を作って、映像と合わせている最中です。レコーディングしたらあとは選曲屋にまかせればいいんだけれど、映像を観ちゃうと人任せにできなくなってね(笑)。だから映画のサントラを一本手掛ける以上の手間と格闘中しているんだ。でもね、青ジャケット姿でイタリアはサンマリノを舞台に走り回る今回のルパンは、かなりいいですよ。いまはまだ「これまで以上に楽しいぞ!」くらいしか言えないけれど、楽しみに待っていてもらっていいんじゃいかな。
取材・文 / 内田正樹