エンドレスライス(樋口了一×村上ゆき):「結婚写真 "いい夫婦ver."」メッセージ集 / TAKUMI NOTE

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MESSAGES

エンドレスライスが歌う「結婚写真」は、今は会えないご主人と奥さんが一枚の結婚写真を通じて、愛を確かめ合うというちょっぴり悲しいストーリー。それでも「いつかまた会える日が来る」と信じる2人の愛の物語は、あの日2人で誓ったもの…。そんな結婚式の1日を写した結婚写真を紡いでオリジナルのミュージックビデオを制作しました。是非、この映像をきっかけに、皆さんも古いアルバムを引っ張り出してみてはいかが?

このページでは、写真をご提供頂いた方からのメッセージ・エピソードを掲載しています。

MESSAGES

2001年の4月下旬に、ギリシャのミコノス島で撮った結婚写真です。
ギリシャ正教の教会で式を挙げたあと、タキシードとウェディングドレスのまま島のあちこちを巡って写真を撮りました。
居合わせた地元の人や観光客の皆さんに祝福していただき、恥ずかしくも良い思い出になりました。

フェアウィンド

あたしたちは13歳の年の差婚で同じ職場の先輩であった彼女にプロポーズするも何度も断られていました。
最後には泣きながらのプロポーズ。何度目かは忘れましたが、やっとのことでプロポーズを受けてくれました。
いまだに頭が上がりません。何か言うと妻に「だからやめとけって(結婚)言っただろ」と言われます。

あたしの母は、たぶん結婚するんだろうと思っていたらしく
「あんたは年上の女性(ひと)と結婚すると思ってた。あたしの同級生じゃないからいい」
そんなことを言われました。

今は亡き父に結婚をしたい女性がいるんだと告げに行った時、少し黙っておめでとうと言ってくれました。
そして…呑もうか。冷蔵庫にビールを取りに行った父。
しかし持って来たのは缶ジュースでした。冷蔵庫にビールのストックがなっかったのです。
笑いたいところなのですが、二人とも初めての重要な話で緊張しまくり。笑うこともできませんでした。
黙って向かい合いジュースを飲みました。

結婚式当日はあたしたちが務めていた、知的障害者福祉施設の利用者の皆さんに式に来ていただきたいと保護者会の時にお願いし、
親御さんの付き添いでほとんどの方々に来ていただき、とても賑やかな式になりました。

結婚後いろんなことがありました。
病で死んでしまおうと思ったこともありました。
それでもあたしを見放すことなく、かわらない優しさで そばにいてくれました。

そんな妻に感謝です。
そんなこんなで忘れられない思い出の結婚写真です。

豆腐屋の息子

初めまして。樋口さんの大ファンです。
私の母親もパーキンソン病に苦しみ2年前に他界しました…。
樋口さんが難病と戦いながら、活動されてる事に頭が下がります。

エンドレスライス の「結婚写真」
とても素敵な曲ですね…
歌詞は切ないけれど、樋口さんと村上ゆきさんの素敵な声で~かけ合い…
人生いろいろ、こういう形の結婚写真も溢れる愛を感じます~

私は結婚32年目55歳です。元気だった主婦がある日突然…転倒事故、入院生活(当時34歳)結婚11年目…4度の手術…最初の手術では一生車椅子生活を宣告され、転院、再手術…4度目で成功。事故から丸3年、歩く事を忘れてました。車椅子→松葉杖→杖…事故から20年

当時6歳の娘との写真は幼稚園入園式だけ…
娘の結婚式では元気な身体で記念写真を…それだけを夢見て頑張って来ました。

ところが…
昨年5月…娘の結婚式二ヶ月前、脳梗塞に倒れ再び車椅子生活。一時は言語障害で言葉も喋れず絶望の日々でした。
リハビリで言葉はかなり回復…昨年2013年7月13日娘の結婚式には、入院先の病院から外出許可を頂き、車椅子ですが晴れて出席できました。

娘のウェディングドレス姿をこの目で見る事ができ感激でした。
今回、娘の結婚写真、私の結婚写真…2パターンの結婚写真を送らせて頂きます。

32年前、私の結婚写真…
元気だった23歳の花嫁(私) 新郎(28歳)この写真を見ると主人に申し訳なくて切ないです。

実は、あろう事か、私の頭の中に脳腫瘍も発見されて、現在放射線治療を…
昔のような元気な身体には戻れません!!

エンドレスライス「結婚写真」~
聴きながら人生を振り返り…主人に感謝の気持ちでいっぱいです。
この曲は…私にとってかけがえのない大切な曲です。

うさこちゃん

2001年の11月22日(いい夫婦の日)に合わせて結婚式を挙げました。
レスラトランを貸し切っての式と披露宴で、出席者のネームプレートから装飾までほとんどを手作りしアットホームな感じにお迎えした…………つもりだったのですが、問題が1つ。
どうしてもいい夫婦の日に挙げたかったばかりに、その日はなんと木曜日の平日。しかも遠方から出席し日帰りの方のことを考え始まりの時間が午後4時。後日、上司から厳重注意されました。
そんなことになるとは露知らず、幸せいっぱいに指輪を見せる二人。逆に印象に残る結婚写真となりました。

のんシュガー

結婚当初は2人とも20歳だったので、まるで七五三写真のようでした(≧∇≦)

ひらちゃん

私の母方の親族と、両親の結婚写真です。
実は私の父は55歳でこの世を去っており、祖父は戦死、兄弟も幼くして亡くしたので
兄が樋口さんと同じ年でそろそろ「我が家で終戦後、最も長生きする人」になってきました。

一方、母方は一昨年母の兄がこの世を去るまで、元気でやっておりました。そろそろ自分の行く末を考えてはおりますが、まずは自分が笑顔を皆さんに届けられるような人間になりたいです。

樋口さん、村上さん、いつも「1月6日」の時に盛り上がってしまう私です。
今、自分を動かしているのは、病気の姿を見せずに笑顔を振りまく樋口さんや、震災から逆境をはねのけ、大きい体でアグレッシブに動く女川の高政さんや、「私はまだ勉強したいんだ」と言って店を閉めた名古屋の藤やんのかーちゃんや、そして今は、村上さんのさり気ないフォローに力をもらっています。

これからも、「エンドレスにハッピーになれる」ユニットをめざし、頑張って下さい(^^♪

おんまにあ

私たちは11月22日で結婚11周年になります。
この写真はマウイにハネムーンに行った時のもの。今でも部屋に飾ってます。
すごく嬉しそうだし、ふたりともリラックスした表情で、気に入っている一枚です。

いしびん

親父の葬儀の時に熊本に一緒に付いて来てくれて母にカミさんを初めて紹介しました。その時に彼女を幸せしようと誓った日でした。

バリー

「パパ、5才だった私を一人で育てることになったとき、どんな気持ちでしたか」
これは私が結婚式の最後に、父に宛てて読んだ手紙の始まりです。
父は私を男手ひとつで育ててくれました。
それはそれは、大事に、大事に、、。
2010年、17歳で出逢って10年お付き合いした秀夫くんとの結婚式をあげました。
親友がサプライズで贈ってくれたCDの曲は、家族や友人たちからの言葉を繋いだ歌詞でした。
これが、その曲のために私の親友に頼まれて父が書いた私への手紙です。

「長い間、君と私は二人きりで生きてきましたね。
歩き出して間もないころから君だけを見ながら生きて来ました
それが楽しくて嬉しくて、さみしいなんて思う事は一度もなかった。
ありがとう。いつもそばにいてくれて本当にありがとう。
私が君からもらった幸せを、今度は君が選んだ大切な人にたくさんあげて下さい。
それをパパは今までよりも少し遠い所から見ていようと思います。
しあわせに、しあわせに、とただそれだけを祈りながら。
パパより!」

パパ!二人の息子も生まれ、今はフランスに暮らす私たち家族を、これからも日本から、ずっとずっと見守っていてね。
私はこの手紙と結婚写真を抱きしめて、一生幸せに暮らします!

あんり

結婚写真、実家に置いていたらしく…実家が火事で全焼して写真も失くなった模様。唯一見つかりました、この写真を。四半世紀の時間を経てますが、懐かしい…若い(笑)

まめっち☆ファミリー

両親の写真です。
別府には別府タワーがあります。
当時はまだ珍しく、この展望レストランで式を挙げました。新聞に載った位で、地上百数メートルで結婚式、、、みたいな。

二人とも90が目の前ですが、助け合い、いたわりあう姿は娘から見ても羨ましいです。
昭和33年10月10日。日付を聞くと即答で返ってきました。

aoyamahitsuji

「結婚写真」とのことで、数十年ぶりに引っ張りだしてみました(笑)。
いや~、私も妻も若い!この時から15年たった今では、子供が3人、毎日にぎやかで大変です。
夫婦だけの時間ってほぼ皆無ですが、これを機に作れればと思っています。
そして義母は癌のため、8年前に他界してしまいました…。
もっといろいろお話しておくんだな~と今更ながら後悔しています。
私の父母はまだ健在してますので、これからお話する機会を増やしていきたいものです。

マキ王

11月23日は、母の七回忌です。 両親の結婚写真は見つけ出せませんでしたので、私たち夫婦の写真を送ります。
夫との出会いは、母が亡くなった翌年です。なんとなく素敵な人だなと思うようになり、仲を取り持つ人が現れ、付き合い始めて、誕生日が母と同じだと知りました。母が取り持ってくれた縁なのかなと感謝し、いつまでも仲良くしていきたいと思っています。

エンドレスライスのお二人の歌声、とっても大好きです。
樋口さんの「手紙」が発売される前日に、母の余命宣告を受けました。それからしばらくは、ライブで「手紙」を聴くと母の姿を思い出し涙を流していました。今は、エンドレスライスの「手紙」を聴いて、夫との老後の姿が浮かび、1日でも長く一緒にいられたらいいなと思うのです。でも、「結婚写真」のように、あの世とこの世、永遠に愛は続くのであれば、死に別れても寂しくないですね。

アイビー

1952年に結婚式を挙げた両親の写真です。まだ物資が乏しい時代だったので、ウェディングドレスは母が自分で縫ったと聞いています。このドレスは、私の叔母(母の妹)も着用しました。
2枚目の写真は55年後の二人。母にとって最後の桜になりました。父はこの5年後に亡くなりましたが、認知症のお陰で、最期まで母は生きていると思ってました。ある意味、幸せだったのかも知れませんね。

ふみお

今年結婚した新婚です。 旦那さんに会い、どうでしょうを知り、樋口さんのファンになりました。
どうでしょう祭りで、初めて生樋口さんの歌を聴き、感動したのを覚えたいます。

結婚式はどうでしょうをテーマに挙げました。
入場時に1月6日の夢旅人がかかった時は、思わず泣いてしました。

又出来るだけ手作りしましたが、なかなかうまくいかず、大変でした。
時には意見が合わず、喧嘩もしましたが、結婚式を通して、絆が深まりました。
全てを受け止めてくれた旦那さんに感謝を忘れないようにしようと思います。

エンドレスライスの生歌が聞ける日を楽しみにしています。

ひな

2012年7月7日に入籍した時、役所で撮った写真です。 その年の5月から同居して間もなく妻の妊娠が分かり、うれしいやら慌ただしいやらで、すぐに結婚式は挙げられないと思ってまずは入籍をしました。その後2013年1月、無事に長男が生まれ、家族三人で仲良く暮らしていますが、まだ結婚式は挙げられていません。

結婚前から妻と村上ゆきさんのコンサートに伺ったり、ゆきさんがパーソナリティをされているラジオ番組では妻がプレゼントに当選したり、結婚と妊娠の報告も兼ねてまたコンサートに伺ったりして、二人の顔も覚えていただいていてとてもうれしく思っていました。

ただ、結婚、妻の出産後は日常がとても慌ただしく、乳幼児をコンサートに連れて行くわけにもいかず、なかなかお目にかかる機会がなかったのですが、先日家の近くでエンドレスライスとして樋口さんと一緒にリリース記念イベントのミニライブに家族三人で伺った際、結婚写真のエピソードとお二人の演奏にとても感動いたしました。

樋口さんとも少しお話をさせていただくことができ、とても素敵な生き方をされている方だなぁと非常に感慨深く思いました。名前も同じ「りょういち」なので、妙な親近感を勝手に持たせていただいています。

私も妻もともに音楽をやっていて、私がギター、妻が鍵盤を弾いています。まだ1歳の息子も楽器の音を出すのが大好きで、壊されないようにヒヤヒヤしながらもたくさん楽器に触らせています。いつか、エンドレスライスのお二人のような音楽を妻と一緒に、できれば息子も含めて届けられるような家族にしていきたいなぁと思っています。

そんな私たちの中で「結婚写真」と呼ぶことができるかもしれない唯一の写真が添付のものになります。まったくの普段着で、全然身だしなみも整ってはいませんが、二人にとってとても大切な写真です。

りょういち、おけい

シングル発売の1ヶ月前に結婚式を挙げました。 タイトルが「結婚写真」!なんてタイムリー!

私たちらしくなのか、感動の涙とは無縁で最後まで笑顔で楽しく過ごせました。 写真は花束贈呈後の父の挨拶で神妙にしようと思ったのに、みんな苦笑いの瞬間です。 気負わず自然体でこれから一緒に歩んで生きたいです。 ♪家に帰れば~。らららーら、らららー♪

ゆっきー、ありがとうございました。

かかしのじょにー